« ☆ヘリバッグ2点 | トップページ | フリーコースの教室 »

津波 その後

所用でふる里気仙沼に行ってまいりました。

時々行ってはいたのですが、9月11日がくると震災から1年半なのだと思うと

その後の様子を見る気持ちもちょっと違って。。。

三陸道を途中でおり、R45で南三陸町を通るルートがいつものお決まりのコースです。

Photo  Photo_2
 南三陸町の街中は鉄骨の建物がいくらか残っているだけで何も無く、あるのは高く積まれたガレキの山だけ。

JR気仙沼線も津波でめくれた線路の土台があの時のままです。

 Photo_25 Photo_26


私が生まれ育った鹿折地区。津波の後火災が襲った地区です。

鹿折の中心地で商店街があった場所。 鹿折駅前まで流された大型船。

毎日沢山の観光客(?)が来るそうです。この時も大型バス一台、県外ナンバーの車が4台停まっていました。どんな思いでごらんになったでしょう。

保存か撤去か…今いろいろ検討されていますが、地元住民の9割は撤去希望だそうです。

Photo_24 Photo_27


この橋のすぐ右手(写真右)が私の通った中学校の跡地です。

何十年も前に学校は別の高台に移転して、跡地に建った老人ホームもやっと解体が始まっていました。

中学校時代毎年行われた避難訓練では、この橋を渡ってこの写真を写した高台まで避難したものです。

港町では地震=津波で、必ず高台への避難訓練がありました。

ちょうど水が引いて橋の面が現われた時、川伝いに流されてきた船や家屋にいた人たちがこの橋に飛び移り、何人かの命が助かったそうです。

飛び移った瞬間、橋にひっかかった船が横倒しになって間一髪だった・・・と、一年半経った今初めて聞いた話です。

「絆」 よく目にする文字です。

「新しく結ばれた絆もあるけど、身近すぎるがために失った絆も沢山あるんだよ。」

と言った親友の言葉がズシンときました。

被災地はまだまだあの時のままです。

 

|

« ☆ヘリバッグ2点 | トップページ | フリーコースの教室 »

4.日々のこと」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/508766/46944465

この記事へのトラックバック一覧です: 津波 その後:

« ☆ヘリバッグ2点 | トップページ | フリーコースの教室 »