« 少しずつ・明日から | トップページ | 紬でワンピース & ヘリバッグ »

●壊滅的な故郷

前回の記事を最後に震災の事を書くのは終わりにするつもりでした。

気持ちを入れかえてミシンも踏みはじめて仕事にとりかかっていたら、出先から戻った主人がガソリン購入の整理券を手に戻ってきました。gasstation

翌日勇んでスタンドに行くと、補給できるのは¥2,000分のみと言われ、その日の午後に再び行列に二人で並んで整理券2枚をもらい、翌日何とか満タンに近いところまで給油できました。

道路事情が分からないので小回りのきく軽自動車で行く事にして、支援物資を積み込んだら重くて重くて・・・高速道路はさぞかしお邪魔虫だったことでしょう。rvcar coldsweats02 sweat01

いつもは三陸自動車道からR45で海岸沿いを行くのですがどこも壊滅状態なので、東北自動車道を北上、金成インターで降り岩手経由で気仙沼に入るルートで行きました。

気仙沼に入りバイパスから安波トンネルを抜けると故郷の鹿折なのですが、いつもの見慣れた景色はそこにはありませんでした。

Photo

Photo_2

左奥に小さく見える建物は鹿折唐桑駅です。気仙沼湾からはずいぶんと離れた所にあります。ここは決して『港』ではありません。

災害時には鹿折駅が避難場所になっていたそうで、次兄家族はここに避難するつもりでいたところを知人の車にひろってもらい間一髪・難を逃れたそうです。

Photo_3

駅からまっすぐのびる駅前通り、左の建物は長兄嫁の店舗、その向かいに長兄の事務所がありましたがガレキの山です。右手の白い車が見えるところに次兄の自宅がありましたが、もちろんここもガレキの山です。

どちらを向いてもガレキと車と大きな船ばかりです。特に船はいたるところに流されてきていました。

Photo_4

こちらは浪板橋から気仙沼湾方向の写真。地盤沈下でこの辺一帯は海面と同じ高さ、もしかしたら海面より低くなったかもしれません。大潮の時ということもありすぐそこまで海面が迫っていました。道路もあちこち浸水してきたので帰路を急ぎました。

毎日、新聞やテレビのニュースで見ていた災害写真ですが、実際に自分の目で見ないことにはこの恐ろしさは実感できないものだと感じました。

ニュースの画面はどこか映画のワンシーンのような距離感があったように思います。

この惨状を見た時、映画で見るシーンはやはり創られたもの・・・現実はそんなんじゃないゾーッ!!と叫びたくなります。

ショックを受けながら兄や従姉妹と再会しましたが、実は彼らは案外明るく生きていました。

「もーっ、起こってしまった現実はしょうがない。」といった感じで前向きでした。

Humichann_2

従姉妹の自宅には車が3台刺さっていました。

「いくら家が広いからって、なにも3台も車駐車しにこなくてもねー・・・。」 と 明るく笑う従姉妹に救われます。

|

« 少しずつ・明日から | トップページ | 紬でワンピース & ヘリバッグ »

4.日々のこと」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/508766/39499694

この記事へのトラックバック一覧です: ●壊滅的な故郷:

« 少しずつ・明日から | トップページ | 紬でワンピース & ヘリバッグ »