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2011年4月

♪♪~通園バッグ

もうそろそろ震災の事にふれるのはおしまいにしようと思いつつも・・・

作る作品がどこかで関連してしまうのでお許しください。

ゴールデンウィークに入る前にもう一度気仙沼へ、、、と思い、その旨向こうの兄達に連絡入れたところ、次兄の孫ちゃんが近くの保育園に行く事になり、20日に入園式だったと聞きました。

こんな時期だから身の回りの物もなかなか揃えてあげられないけど、「日本手芸普及協会」様の呼びかけで日本全国から届けられた「スクールバッグ」がいただけたから・・・と喜んでいる様子でした。

この呼びかけはいろいろな方のブログなどでわかっておりましたが、まさか自分の身内にもまわしていただける事になるとは思いませんでした。

全国のみなさま ありがとうございました。

はじめは1000枚の予定で始まったのが、18日の段階では既に50,000枚突破していて、おそらく締め切った後の今でも増えているのではないかという気がします。

「スクールバッグ」には絵本やお道具などを入れて、、、でもやっぱりお弁当入れたりする通園バッグだって必要よね。

「上靴は何か適当な靴で我慢させるわ。」 と言っていたので、急ぎ買いに行き、そうなれば「上靴入れ」も要るわね・・・。考え出したらつい凝ってしまう悪い癖があります。

『ありがとう ウサギ』 と 『よろしくね 猫 cat (これは私がこじつけで思いつき)

・・・・・をなんとなく意識してアップリケ hairsalon

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『通園バッグ』 作りました。(見ればわかりますよね。すみません coldsweats01sweat01

Photo_3 バッグの後面です。

お便り帳が入れらるようにポケットをつけました。

サイズは 縦18cm、横22cm、マチ10cm、肩ひもの長さは1mです。

上靴入れは 縦26cm、横17cm、マチ4cm、持ち手テープは36cm二つ折、Dカン部分は11cm二つ折で、これは持ち手テープについてきた「作り方寸法」を参考にしました。

通園バッグのサイズはネットで大体のサイズを参考にしながら、デザインは(得意の?)いきあたりバッタリ!! (あーでもない・こーでもない)と何度もほどいては縫い、ほどいては縫いを繰り返して仕上がった寸法です。

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上ぶたの中はファスナーでとじるようにしたので、お弁当など重い物が入っても重みで全体がズリ下がることもないと思います。

お友達がたくさんできて楽しく通えるといいね。 notes

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♪教室ランチ

4月から洋裁教室を再開しました。

・・・といっても半ばまでは開店休業状態。

皆さんに連絡した所

「ガソリンが不安なので5月からにします。」 ---そうそう、あの頃はガソリン難民でした。gasstation

「情報では教室の日がガス復旧予定日なんです。」 ---そうよ、そうよ。ひと月近くガスの無い不便な生活…わかるわー。復活したら思う存分お風呂でリラックスしてくださいね。spa

震災後の第一回目が15日、で、昨日が二回目の教室でした。

お隣に『タラコカフェ』がオープンする事になって、教室のランチも希望する方に出して下さる事になっていたのが、オープン直前に震災にあって延期になっておりました。

すご~く楽しみしていたのですが、そんな事いってられない状況はお互い様。

カフェは3月14日オープン予定でしたから(震災が11日)お店は既に完成していたので、開店の日を心待ちにしながら、ある日恐る恐る「お店やっていなくても教室のランチお願いできないかしら?」 と聞いたところ、快く受けていただきました。

23419tarako

       「親子丼」 「ゴマ豆腐」 「大根甘酢」 「えのきと豆腐の味噌汁」

親子丼はお肉たっぷし、卵でとじた上にダメ押しの卵の黄身が・・・どうだ、参ったかー。

んもうークリーミーな黄身でお口はうっとり。参りました。すごく美味しかったです。

このボリュームでお値段 ナント ・・・・・おっと、言えない、言えない。企業秘密です。

     * * * * *

『タラコカフェ』さん、お店の名前通り、もとはタラコやさん。これがまたスゴ~く美味しいタラコで、会う人みんなに「ホント、おいしいから。。」って宣伝していたのですが、ご実家で本社工場のある石巻も今回の災害で壊滅的な被害にあわれました。

遅ればせながらお見舞い申しあげます。そして一日も早い『マルイチ』のタラコ復活させてください。

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罹災着物

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被災した義姉から難を逃れた着物を沢山いただきました。

こんな時だからこそ少しでも早く作品にしたいと思い、さっそくほどきに取りかかっています。

中には化繊の着物もありますが、これは洗濯も取り扱いも楽そうなのでエプロンドレスやジャンパースカートなどの普段着にしてジャンジャン着たら、着物もさぞかし喜ぶだろうなどと勝手に思っております。

色柄も可愛らしい明るいものが多いので、沈みがちな気持ちも明るくなります。

          cherryblossom   cherryblossom   cherryblossom    ゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜

仙台の桜、先日開花宣言したばかりと思っていたのに 昨日は満開宣言ですって。

仙南の大河原というところに「一目千本桜」や「船岡公園の桜」といった桜の名所があります。

7~8年前、足腰が悪いとはいえ今よりはまだ歩けた母を連れて行った事があります。

船岡公園の桜は小高い山の上にあって、麓からはケーブルカー(トロッコ?)で行けるようになっているのですが、駐車場からはわずかですが歩かないといけません。手を引いてあげれば足の悪い母でも歩けない距離ではなかったのですが、乗り場までちょっと頑張って歩かないかと言う私に あろう事か・・・

頑張りたくないッ bearing sign03」 という大胆な返事が返ってきました。

ムッカー pout !!! (なによ!人がせっかく見事な桜を見せてあげたくてここまで連れてきてあげたのにッ!!プンプン annoy )

・・・と、その時は思ったのですね。。。

震災後、見るもの聞くもの、、どこを見渡しても 『頑張ろう日本』 『ガンバレ東北』

「頑張れ」の言葉や文字があふれかえっています。

でも、被災した人達は 「頑張る」 とか 「頑張ろう」 とか言う言葉をことさら意識することなく、ひたすら黙々と後片付けをし、明日を考えているように思います。

もちろん無意識のうちに頑張っている事は誰が見ても充分わかります。そんな方達にかさねて「頑張れ」と言うことは私には出来ない。

『頑張りたくないッsign03』 と言ってのけた母の気持ち、今はスゴ~く良く分かる。

話しがそれてしまいましたが、この記事でお花見しましょう。

3年前行った「弘前の桜」です。(ちょっと散り加減。でも私よりはまだ散っていない。sweat01

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桜咲く

cherryblossom 『世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし』

12日火曜日に仙台の桜開花宣言がだされました。

毎年春めいてくると、テレビの天気予報のコーナーでは全国の桜前線と共に開花予想日なども取り上げられ、それを見ながら・・・

「梅は咲いたか 桜はまだかいな・・・」などと心おどるところがあったのですが、今年はそういうコーナーがあったかどうかさえ記憶にございません

たまたまその日、開花宣言を知る前に通りがかった仙台一高の桜並木がずいぶんとあかくなってきたのを見て、(そうだ!桜の時期だった。flair)と気がついたばかり。

その日の同級生のブログには満開の桜のカードが・・・。重ねて 「桜の季節flair」…偶然です。

「今年は花見を自粛すべきだ」 とか 「こういう時だからこそ花見を」 などなどあちらこちらで論じられております。

絶えて 「cherryblossom桜」のなかりせば、こういう議論もなく黙々と復旧・支援に専念できるのでしょうが・・・(???)

被災して枝折れした桜が咲いたとニュースで報じられたいましたが、他の被災地でも沢山の桜がきっと咲きます!!

その時は復旧作業のスイッチを切って cherryblossom桜 を眺めましょうよ。

他の事は何も考えずに、ただただ(きれいだなーshine)って、うっとりする時間

いいんじゃない sign02 

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☆習性・・・

先日の月曜日にやっと都市ガスが復旧しました。

実に25日ぶりのガスの炎 shine 玄関のチャイムがなってガス局の方の制服を見た時は思わず拍手でお迎えです。ガス復旧のためにはるばる東京から支援に来てくださってた方達だそうで、年度末の引越しシーズンでお忙しい中、本当にありがとうございます。

我が家は震災でも水道は止まることなく、電気も三日目にはつきました。とても恵まれていたと思います。

反射式ストーブが大活躍したし、冷凍冷蔵庫も使え、電子レンジも使えましたから。

***給湯器だけは電気とガスを使うので、残念ながらお風呂はダメ。台所も水しか出ません。台所の洗い物はもちろん水なので冷たくて、途中ちょっと手をハーッっ dash と あたためたり、「shineプチ贅沢shine」でたまにはお湯を少し使うこともしました。

蛇口からお湯が出ることはないのですが、普段の悲しい習性、、無意識に蛇口のレバーをお湯の方へまわしてしまうことが度々でした。やはり水しか出なくて(あたりまえ)苦笑いです。

ガスが復旧して我が家のライフラインはすべてOKで普段の生活に戻っていいはずなのに、しばらくはガスコンロの前に立ってもなんだかまだ火がつかないような感覚が残っていて、ガスなしメニューを考えていたりしました。

蛇口も、遠慮なく(??)レバーをお湯の方に回せばお湯が出るのに、水のままでも全然違和感がなくて これも悲しい習性・・・いや、単に頭の切り替えができないだけなのですね。

地震や余震で家の中のドアが二ヶ所ほど開けにくくなり床をこするようになりました。開ける時はちょっとドアを持ち上げるような気持ちで開けていたのですが、修理して もう大丈夫 となった今でも開ける時まだ持ち上げてしまいます。これもまた切り替えができない悲しい習性です。coldsweats01

『付録』  ...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。

ガスが使えない時の苦肉の調理 smile

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オーブントースターでやいた「メザシ」

電子レンジで作った「レンコンのきんぴら」 「こんにゃくの味噌おでん」 「肉じゃが」 など等、電子レンジは本当に大活躍でした。

テレビでは「計画停電」「節電」と報じられているのに、電気使わせていただいて心苦しく思いながら・・。

あっ、でもそれなりにかなりの節約もしたのですよ。灯油もなかなか買えなかったもので。

・・・こちら・・・

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キャンプや炊き出しでおなじみの 「カレー」 です。作り方は・・・

ストーブつけている間に肉や野菜を炒めて水を入れ、ルーも入れちゃう。

ひと煮立ちしたら火からおろす。(具材に火がとおっていなくてもおろしちゃう。)

次にタオルや毛布をご用意ください。

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                 火からおろした鍋をタオルで包む。

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                それをまた毛布で包む。

半日くらいこのまま放っておくと美味しいカレーが出来上がっております。

温めなおさなくてもアツアツのカレーが食べられました。

この方法、「おでん」にも応用できます。

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困難を乗り切るためには、「楽しみながら工夫する」 ということも大事かもしれない。

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紬でワンピース & ヘリバッグ

Photo 火曜日の教室にみえている方が、次回の作品はこちらのワンピースを作りたいということでした。

前身ごろのピンタックやギャザーを寄せるあたりが複雑そうなので、サンプルを用意しようと思っていたのですが震災の為中断していました。

4月から教室再開することにしましたので急ぎ製作しました。

本では衿ぐりに細めの切り替えが入るようになっていましたが、きれいな仕上がりにするにはちょっと大変かと思い、こちらは省いて一般的な見返し処理に変更しました。

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こちらの紬の着物はやはり時々洋裁をしに来ている方からいただいた物。

この着物を下さった方は仙台の東部、東松島市からお稽古に来ている方です。

今回の震災では東松島市も大きな被害を受けたところです。

ご本人からは無事のメールをいただいておりますが、まだまだ大変な状況と思います。

お見舞いの気持ちをこめて使わせていただきました。

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スタイルブックは袖口と裾に裏地から続く別布をあしらってありますが省略。裏なしの簡単仕上げにしてあります。

カルガモのような飛び模様に合わせてオレンジやブルーのインナーを  開きの衿ぐりからのぞかせたらかわいいと思っています。

゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜

それから、それから・・・

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おなじみのヘリバッグですが、やはり教室でヘリバッグ作りのリクエストがあって私も一緒に作りました。

生徒さんはメインをグリーン、入れ口を黒で作りました。

こちらも震災絡みの話題で恐縮ですが、バッグ作りの教室日が忘れもしない大震災の日だったのです。

生徒さんの作品は2時半頃に早めに完成して、教室時間の3時までには少し時間があるのでお茶でもしながら次回の作品の相談をしましょうとなりました。

コーヒーを入れて部屋に運んだ頃に sign04グラグラsign04 ときて、テーブルに置いたコーヒーがチャップン・チャップン sweat01

ミニコンポのスピーカーとパソコンプリンターが床に投げ出されました。

テレビをつけようとしたら既に停電。生徒さんが「先生、ラジオ・ラジオ・・・」と叫びます。

主人のトランジスタラジオをやっと見つけたまではよかったのですが、普段使ったことがないものですから、恥ずかしながら どうやってつけるのか分かりません。crying

生徒さんがいじくりまわしてくれてやっとついたラジオからは「大津波警報です!!」 と。

生徒さんの自宅は塩釜市。塩釜のご自宅も心配でしたが、今日このままお宅にお帰りいただくのがとても心配でした。

揺れがおさまって少し落ち着いてから相談し、帰るなら明るいうちの方が良いと言うことになって3時半頃に帰宅されました。

それからは携帯もつながらなかったので、無事安否確認できるまでは本当に心配しました。

道中どんなに長く大変な状況だった事でしょう。

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

この二つの作品は忘れられない作品となりました。

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●壊滅的な故郷

前回の記事を最後に震災の事を書くのは終わりにするつもりでした。

気持ちを入れかえてミシンも踏みはじめて仕事にとりかかっていたら、出先から戻った主人がガソリン購入の整理券を手に戻ってきました。gasstation

翌日勇んでスタンドに行くと、補給できるのは¥2,000分のみと言われ、その日の午後に再び行列に二人で並んで整理券2枚をもらい、翌日何とか満タンに近いところまで給油できました。

道路事情が分からないので小回りのきく軽自動車で行く事にして、支援物資を積み込んだら重くて重くて・・・高速道路はさぞかしお邪魔虫だったことでしょう。rvcar coldsweats02 sweat01

いつもは三陸自動車道からR45で海岸沿いを行くのですがどこも壊滅状態なので、東北自動車道を北上、金成インターで降り岩手経由で気仙沼に入るルートで行きました。

気仙沼に入りバイパスから安波トンネルを抜けると故郷の鹿折なのですが、いつもの見慣れた景色はそこにはありませんでした。

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左奥に小さく見える建物は鹿折唐桑駅です。気仙沼湾からはずいぶんと離れた所にあります。ここは決して『港』ではありません。

災害時には鹿折駅が避難場所になっていたそうで、次兄家族はここに避難するつもりでいたところを知人の車にひろってもらい間一髪・難を逃れたそうです。

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駅からまっすぐのびる駅前通り、左の建物は長兄嫁の店舗、その向かいに長兄の事務所がありましたがガレキの山です。右手の白い車が見えるところに次兄の自宅がありましたが、もちろんここもガレキの山です。

どちらを向いてもガレキと車と大きな船ばかりです。特に船はいたるところに流されてきていました。

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こちらは浪板橋から気仙沼湾方向の写真。地盤沈下でこの辺一帯は海面と同じ高さ、もしかしたら海面より低くなったかもしれません。大潮の時ということもありすぐそこまで海面が迫っていました。道路もあちこち浸水してきたので帰路を急ぎました。

毎日、新聞やテレビのニュースで見ていた災害写真ですが、実際に自分の目で見ないことにはこの恐ろしさは実感できないものだと感じました。

ニュースの画面はどこか映画のワンシーンのような距離感があったように思います。

この惨状を見た時、映画で見るシーンはやはり創られたもの・・・現実はそんなんじゃないゾーッ!!と叫びたくなります。

ショックを受けながら兄や従姉妹と再会しましたが、実は彼らは案外明るく生きていました。

「もーっ、起こってしまった現実はしょうがない。」といった感じで前向きでした。

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従姉妹の自宅には車が3台刺さっていました。

「いくら家が広いからって、なにも3台も車駐車しにこなくてもねー・・・。」 と 明るく笑う従姉妹に救われます。

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