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少しずつ・明日から

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私が産まれ育った 宮城県気仙沼市鹿折地区 の画像です。

昨日現地入りした娘の知り合いが写してメールで送ってくださったとのことです。

おそらく鹿折の商店街のあたりを写したものかと想像するのですが、何がどこやら全く検討もつきません。

私の実家は画面奥に見える山すその左側あたり(たぶん)、やや小高い場所にあるので被害は免れましたが、この壊滅状態になった辺りは長兄の事務所や次兄の自宅、親戚や沢山の同級生が住んでいたところです。

地震国日本、そして三陸沿岸に育った私達は小さい頃から 地震=津波 とたたき込まれて育ちました。

仙台に嫁いでからはまわりの方達に「津波とかきたらご実家は大丈夫なのですか?」と よく聞かれました。

「家は高台にあるから大丈夫よー。実家までくるような津波では鹿折全部水没してしまうわ。」   ・・・・・まさか現実になるなどとは思いもしませんでした。

すべてを失ってしまった次兄や親戚、友人の事を思い(今自分に出来ることは何だろう)と考えるのですが、あまりにも大きすぎる災害にただ呆然としてしまう毎日です。

90歳を過ぎた母の無事な声が聞けたのは災害から10日ほどたってから。とりあえず身の回り品でけでも持って急ぎ駆けつけたいところですが、car gasstation ガソリンが買えないのです。

「ガソリン入れたらすぐに行くから待ってて。」と言ったのがただの気休めみたいで虚しい。

待ってるだろうなー。weep  

本当は仙台に避難させてあげたいのだけれど、年老いた母にはあまりにも厳しい道路状況です。

゜。°。°。°。°。°。°。°。゜。°。°。°。

仙台の街は先週辺りから少しずつ動きが出てきて、お店を部分的に再開するところも増え始めました。品数もいくらか増えて行列しなくても買い物が出来るようになりました。

気仙沼の兄や従姉妹に 「欲しいもの、必要な物あったら連絡を。」と話したら、身の回りのこまごました物の他に従姉妹から 「rouge化粧品」のリクエストが。。。

いかにも従姉妹らしい・・・と心が和んで、なんだか逆に元気をもらった気分です。

明日から裁縫の仕事始めることにします。hairsalonhairsalonhairsalon 

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4.日々のこと」カテゴリの記事

コメント

今晩は
毎日元気に復旧作業に取り組んでいます、
鹿折の状況はすごいことになっています。
2~3日ごろには一度私のブログに地名
を入れて紹介します。
 千尋ちゃんと昨日会いました。米沢君が
来てくれたり、デコちゃんからTELもら
ったりしました。同級生が全員元気かどうか
はまだまだ確認できません。全員無事でいる
ことを信じています。

何もなくなりました。
今から復興です。みんなで立ち上がりましょう。
そんな、気仙沼漁港機能再健対策委員会に主席
してきました。魚市場は6月1日を目標に開場
準備を進めています。

投稿: ふ~さん | 2011年4月 3日 (日) 18時47分

鹿折地区の一部をブログに公開しました

投稿: ふ~さん | 2011年4月 3日 (日) 19時54分

ふ~さん、コメントいただきながら返事遅くなりすみません。
4月2日にやっと私も気仙沼に行ってきました。
想像を絶する惨事、自分の目で直接見るとかなりの凄まじさだと分かります。
地区の人全員がすべてを失ってしまうなんて考えられませんよね。
今はみんながまっさらの状態。あとは前進あるのみ。
「浜っ子の底力」みせましょう!!punch

投稿: OHANA | 2011年4月 7日 (木) 15時06分

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